鹿児島大学大学院理工学研究科
工学専攻 化学生命工学プログラム

生命有機化学研究室 (若尾・新地研究室)

-Bioorganic Chemistry Laboratory-

研究内容

研究内容③:糖鎖とレクチンの機能解明に向けた相互作用解析手法の確立および糖鎖の化学合成法の開発

 糖鎖は、生体内で多彩な機能を担う重要な分子です。細胞表層に発現する糖鎖は「細胞の顔」として機能し、糖鎖同士や糖鎖結合性タンパク質 (レクチン) との結合を介して、細胞間の情報伝達や免疫応答の調節に関わるだけでなく、ウイルスや細菌の感染にも深く関与します。また、細胞表面に存在する糖鎖受容体は、外来異物の認識や糖タンパク質の品質管理に重要な役割を果たしています。
 一方で、天然の糖鎖は化学構造が非常に多様かつ複雑であるため、特定の糖鎖を選択的に単離することは容易ではなく、機能が十分に解明されていないものも多く存在します。そのため、精密な機能解析を行うには、構造が明確な糖鎖を化学合成によって供給することも重要です。また、糖鎖とレクチンの相互作用においては、単独の糖鎖では結合が弱く、糖鎖が集積することで結合性が高まる「糖鎖クラスター効果」が重要となります。しかし、この糖鎖クラスター効果を正確に反映し、結合様式や結合強度を精密に評価することは容易ではありません。加えて、疾患の発症や病原体感染に伴ってレクチンの発現変動や抗体の産生が生じることが知られており、特定のレクチンを選択的に検出する技術は、新たな診断技術を開発するうえでも欠かせません。
 私たちは、これらの課題を解決するために、構造が明確な糖鎖の化学合成法の開発を進めるとともに、糖鎖とレクチンの結合を検出し、その相互作用を適切に評価できる新たな解析手法の確立に取り組んでいます。これらのアプローチを通じて、生命現象に関与する糖鎖の分子レベルでの機能解明と、疾患や病原体感染における糖鎖の役割の解明を目指しています。

これまでの研究成果

糖鎖修飾ナノ粒子を用いた糖鎖結合性分子の結合性解析手法の開発

糖鎖修飾蛍光性ナノ粒子 (SFNP) を用いた疾患関連抗糖鎖抗体の簡易検出

 レクチン (糖鎖結合性タンパク質) は、細胞間認識や病原体感染に重要な役割を果たしています。また、疾患の発症や感染に伴って、特定のレクチンの発現変動や抗体の産生が生じることが知られており、これらを選択的に検出する技術は、疾患の発症メカニズムの解明や新たな診断技術の開発においても重要です。そこで私たちは、糖鎖修飾蛍光性ナノ粒子 (SFNP) を用いて、疾患に関連する抗糖鎖抗体を目視で簡便に検出する方法を開発しました。
 糖鎖修飾ナノ粒子は、表面に糖鎖が高密度に固定化されており、糖鎖クラスター効果により高い親和性でレクチンに結合することができます。また、複数の糖鎖結合部位を有するレクチン (多価レクチン) や抗体と混合すると架橋・凝集を起こすため、目視で簡単に相互作用を解析することができます。この特性を利用して、ギラン・バレー症候群患者の血中で検出される抗ガングリオシド (糖脂質) 抗体を検出することに成功しました。この方法では、SFNPと血清を混合するだけで、特別な機器を用いることなく疾患関連抗体を検出できます。そのため、従来の検査法 (ELISAなど) と比べて、より短時間かつ簡便に検査を行うことが可能です。さらに、ナノ粒子表面に提示する糖鎖構造を変えることで、抗糖鎖抗体が関与する他の疾患にも応用可能であり、今後、さまざまな疾患に対する新たな簡易診断法として期待されます。

図. TLRが認識する分子とTLRの活性化によって誘導される免疫応答

図. 糖鎖固定化蛍光性ナノ粒子 (SFNP) を用いた抗ガングリオシド抗体の簡易検出

<関連論文>

  • Shinchi H., et al., Visual detection of human antibodies using sugar chain-immobilized fluorescent nanoparticles: Application as a point of care diagnostic tool for Guillain-Barre syndrome. PLoS One 10, e0137966 (2015)
    doi:10.1371/journal.pone.0137966

糖鎖修飾金ナノ粒子 (SGNP) を用いたレクチンプルダウン法の開発

 私たちはこれまでに、金属ナノ粒子表面に糖鎖を高密度に修飾した「糖鎖修飾ナノ粒子」を用いて、糖鎖とレクチンの相互作用を解析する手法を報告してきました。この糖鎖修飾ナノ粒子と、複数のサブユニットを持つ多価レクチンを混合すると、クラスター効果による強い結合とともに凝集反応が生じるため、相互作用を目視で簡便に解析することができます。一方で、一つのサブユニットしか持たない単価レクチンの場合、糖鎖修飾ナノ粒子と結合しても粒子同士の凝集反応が起こらないため、この特性を活かした解析は困難でした。
 そこで私たちは、糖鎖修飾金ナノ粒子 (SGNP) とタンパク質プルダウン法の原理を組み合わせた新たな手法を開発しました。この方法では、SGNPにビオチンを導入するとともに、ストレプトアビジン修飾磁性ナノ粒子を用いることで、凝集反応を示さない単価レクチンであっても、SGNPに結合した標的レクチンを磁気的に回収して解析することが可能となりました。本手法は、複雑な糖鎖結合性の解析に加え、疾患に関与するレクチンの検出など、さまざまな生命科学研究への応用が期待されます。

図. TLRが認識する分子とTLRの活性化によって誘導される免疫応答

図. ビオチン修飾SGNPおよびストレプトアビジン修飾磁性ナノ粒子を用いたレクチンのプルダウン

<関連論文>

  • Murata K., et al., Lectin pull-down assay utilizing biotin-labeled sugar chain-immobilized gold nanoparticles and streptavidin-functionalized magnetic beads. Carbohydrate Research 564, 109891 (2026)
    doi.org/10.1016/j.carres.2026.109891

糖鎖の化学合成法の開発

グリコサミノグリカン (GAG) 部分糖鎖構造のライブラリー化

 細胞表層に発現する糖鎖は、タンパク質や脂質に結合し、糖タンパク質やプロテオグリカン、糖脂質として存在しています。 その中でもプロテオグリカンは、糖鎖の中でも最も構造が複雑な硫酸化多糖のグリコサミノグリカン(GAG)を持っています。 GAGは、糖鎖構造をもとに分類されており、ヘパラン硫酸 (HS) やコンドロイチン硫酸 (CS)、ケラタン硫酸 (KS)、デルマタン硫酸 (DS) などがあります。 細胞外マトリックスの主要な構成成分であり、細胞の接着や増殖、分化、細胞の機能や形態の維持など、組織を形成する上で重要な働きを担っています。 近年、このGAGの微細構造が成長因子やケモカインなどの生理活性分子との相互作用に重要であることが示唆されており、その分子レベルでの解析が重要視されています。 しかしながら、GAGの糖鎖構造は非常に複雑であり、天然から特定の構造のみを単離することが極めて困難です。 そのため、未だに分子レベルでの機能解明には至っておらず、化学的に合成した構造明確なGAG鎖を用いた詳細な機能解析が求められています。

図. TLRが認識する分子とTLRの活性化によって誘導される免疫応答

図. プロテオグリカンの生理機能(左)とGAGの構造の例(右)

 GAGと生理活性分子との相互作用を分子レベルで解析するために、HS や CS、KS、DS の部分糖鎖構造の化学合成を行っています。 糖鎖の合成においては、さまざまな硫酸化パターンの糖鎖を合成できるような中間体(ビルディングブロック)をデザインし、共通中間体から誘導されたGAG部分糖鎖構造のライブラリー化を進めています。 合成した糖鎖は、リンカー化合物を修飾後、表面プラズモン共鳴(SPR)法を用いて、さまざまな生理活性タンパク質との相互作用解析に利用することができます。 現在は、GAG部分構造のライブラリー化を進めるとともに、細胞増殖因子や成長因子をはじめとする様々な生理活性タンパク質との構造活性相関解析を行い、GAGの関与する生体機能の解明を行っています。

図. TLRの分布と免疫応答の流れ

図. GAG部分糖鎖構造を固定化したシュガーチップを用いたSPR解析

<関連論文>

  • Wakao M., et al., Sugar Chips immobilized with synthetic sulfated disaccharides of heparin/heparan sulfate partial structure. Bioorg. Med. Chem. Lett. 18, 2499-2504 (2008)
    doi: 10.1016/j.bmcl.2008.01.069
  • Saito A., et al., Towards the assembly of heparin and heparan sulfate oligosaccharide libraries: efficient synthesis of uronic acid and disaccharide building blocks. Tetrahedron 66, 3951-3962 (2010)
    doi: 10.1016/j.tet.2010.03.077
  • Wakao M., et al., Synthesis of a chondroitin sulfate disaccharide library and a GAG-binding protein interaction analysis. Bioorg. Med. Chem. Lett. 25, 1407-1411 (2015)
    doi: 10.1016/j.bmcl.2015.02.054
  • Miyachi K., et al., Syntheses of chondroitin sulfate tetrasaccharide structures containing 4,6-disulfate patterns and analysis of their interaction with glycosaminoglycan-binding protein. Bioorg. Med. Chem. Lett. 25, 1552-1555 (2015)
    doi:10.1016/j.bmcl.2015.02.054
  • Kakitsubata Y., et al., Toward the construction of dermatan sulfate (DS) partial disaccharide library: efficient synthesis of building blocks, common intermediate, and ligand conjugate of type-B DS disaccharide. Tetrahedron Lett., 57, 1154-1157 (2016)
    doi:10.1016/j.tetlet.2016.01.105

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