化学を基礎学問として、隠れた環境汚染物質を探索して同定する技術を開発・実証しています。
化学物質は、どんなに有用でも、毒性などの負の側面をもっていることがあります。負の側面が顕在化した例として、カネミ油症事件(熱媒体として用いられたポリ塩化ビフェニル(PCB)や、ダイオキシン類などが原因)、サリドマイド事件(鎮静・催眠薬として用いられたサリドマイドが原因)、環境ホルモン(内分泌かく乱物質)問題(樹脂原料などに用いられたビスフェノールAなどが原因)、水俣病(アセトアルデヒド合成に用いられた水銀触媒が原因)、農薬として使用されていたCNPが胆のう癌との関係を疑われ、その後、使われなくなった例をあげることができます。この他にも、ゴムタイヤの酸化防止剤6PPDの変化体がサーモンを致死させ得るとの報告があり、注目しています。
毒性ばかりが注目されがちな化学物質ですが、私たちの生活を豊かにしてくれる掛け替えのないものです。環境化学研究室では、化学物質の長所を軽視しません。すなわち、化学物質は、適切に使うことが何よりも大切であり、そのためには、より安全な物質を使用すること、人などに対する曝露量を影響のない範囲に留めることが大切と考えます。
問題は、1)広く使われている化学物質に知られていない毒性がある場合、2)管理して使用されている化学物質が水環境中で変化した結果、どのような化学物質に変化したのかが分からずに管理できなくなってしまう場合、3)適切に使用されずに水環境中の濃度が高くなりすぎてしまう場合などです。このうち、環境化学研究室では、1)と2)に着目しており、環境サンプルの毒性強度と因果関係がある未知物質を探索して同定すること、水環境中で生成する未知変化体を探索して同定することに力を入れています。
しかし、水環境中の未知変化体などを探索して同定することは容易ではありません。水環境中には、植物が腐敗して生成した物質などの様々な物質が含まれているのに対して、変化体などの濃度は相対的に低濃度なためです。このため、研究が進んでいるとは言いがたい状況です。
そこで環境化学研究室では、どのような化学物質が水環境中に存在しているか探索して同定する技術を開発・実証して、普及を図ろうとしています。環境中の未知化学物質を簡単に探索・同定できるようになれば、環境化学物質の管理が進むと考えるためです。
この他にも、自然界中に存在する重金属が稲作を通じて人健康に悪影響を及ぼすことを防ぐ技術を開発しています。
質量分析は、医薬品開発、化粧品開発、化成品開発、食品検査、ドーピング検査、科学捜査などの様々な分野で活躍し、我々の暮らしを支えています。最近の例では、新型コロナウイルスのmRNA/DNAワクチンを開発する際に、mRNA配列の同定と検証に質量分析が活躍しています。さらに、極微量の不純物配列を検出したり、定量する際にも活躍しています。質量分析の技術がなければ、新型コロナウイルスのmRNA/DNAワクチンを迅速に開発することはできなかったかも知れません。このように、現代の暮らしや科学技術は、質量分析なしでは成り立たないと言っても過言ではなく、質量分析を学ぶことの重要性は増すばかりです。
社会的・科学的なニーズが高い質量分析は、当然、技術革新の速度が速くなります。このため、常に最新の技術を学ぶことが求められます。
環境化学における質量分析の大きな役割の一つとして、環境中に存在する毒性物質を網羅的に探索することがあります。探索するためには、広範な物性の物質を同時分析する必要があり、有機化学、無機化学、分析化学など様々な分野の「化学」が必要です。
また、質量分析計を用いて環境試料を網羅分析すると、数千もの物質がピークとなって検出されることがあります。検出された数千のピークの中で、環境試料の特徴を決めている物質のピークはたった1つであることがあり、どうやってその1ピークを見つけ出すかが課題になります。環境化学研究室では、多変量解析という数学的手法を用いています。
これらの困難を乗り越えてピークを見つけたあとも、そのピークの物質がどのような構造なのかを解析して同定しなければなりません。質量分析計が答えてくれるのは、いわば分子量情報のみであり、分子量が分かってもそれがどのような物質かはまったくと言ってよいほど分かりません。例えば、データベースを使って、精密な分子量(正確にはモノアイソトピック質量)が180.0634±0.001の物質を検索したところ、553種類の異なった構造の物質がヒットしました。このままでは、構造が分かりません。
環境化学研究室では、質量分析計の内部で構造解析したい未知物質にエネルギーを徐々に与えて、未知物質の化学構造の中で結合が弱い部分から順番に壊します。その壊れ方(開裂反応など)を解析して、壊す前の未知物質の構造を推定します。その推定には、これまでに科学雑誌で公表された様々な壊れ方の典型例を体系化した経験則を用います。環境化学研究室では、その経験則が質量分析学の基礎と考えています。
構造推定に用いられた開裂反応などは、量子化学計算により検証されます。密度汎関数理論(DFT)を用いた固有反応座標(IRC)計算を行うことが多くあります。この際、開裂反応の遷移状態と呼ばれる特殊な不安定構造を探し出す必要があり、まさに職人芸です。
検証された構造は、最終的に実験的に確認されます。精密質量、安定同位体パターン、分離カラムの保持特性、エネルギーを与えた際の開裂パターンを、未知物質と構造が既知の物質で測り比べて、両者がピタリと一致することを確認して同定します。
また、質量分析は高感度です。感度は、使用する質量分析計の性能や測定する物質の物性に大きく依存しますが、例えばメフェナセットという除草剤を環境化学研究室の質量分析計に1.01×104分子注入したところきれいなピークを描いて検出されました。1 molが6.02×1023分子なので、0.0000000000000000000168 molです。
以上のように、幅広い分野の知識、経験に加えて、質量分析計の装置論、試料調製方法、解析方法、環境中の毒性物質についての知識が必要です。環境化学研究室では、これらの幅広い知識を、高性能な質量分析機器群を実際に使いながら学べます。
現代科学、現代社会の必須学問である質量分析学を、環境化学物質の管理を題材として学んでみませんか?
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